子どもが不登校になると、

「私の育て方が悪かったのかな」
「もっと違う関わり方をしていたら、学校に行けていたのかな」
「私のせいで、この子を苦しませてしまったのでは……」
と、自分を責めてしまう親御さんもいると思います。
子どもがつらそうにしていると、「どこで間違えたんだろう」とこれまでの子育てを振り返りたくなることもありますよね。
でも、不登校になったという事実だけを見て、「親の育て方が悪かったから」と決めることはできません。
不登校には、学校での人間関係や勉強、集団生活、心身の状態、学校環境など、さまざまなことが関係する可能性があります。

私自身、中学生の頃に不登校を経験しました。
つらいときに親へ当たってしまうことはありましたが、「親のせいで不登校になった」と思ったことはありません。
この記事では、元不登校当事者としての経験と臨床心理士としての視点から、「不登校は親のせいなの?」と自分を責めてしまうときに考えてほしいことをお話しします。
- 不登校は親のせいなのか
- 親の育て方や関わりをどう考えればいいのか
- 不登校だった私が親に感じていたこと
- 親の関わりで助かったこと
- 「私のせいかも」と思ったとき、これからできること
不登校は親のせいなの?

まずお伝えしたいのは、不登校を「親の育て方」という一つの原因だけで説明することはできないということです。
不登校の背景は、その子によって違います。
例えば、
- 学校での人間関係
- 勉強や成績への不安
- 集団生活への負担
- 心身の状態
- 生活リズム
- 本人の特性
- 学校や家庭などの環境
など、いくつものことが関係している場合があります。
文部科学省の不登校に関する調査・分析でも、不登校の背景について、心身の不調や友人関係、学業、生活リズムなど複数の要素から捉えています。
もちろん、親子は一緒に生活しているので、親の言葉や関わりが子どもに影響することはあります。

でも、それだけを切り取って、「私の育て方が悪かったから、この子は不登校になった」と考える必要はないと私は思っています。
私は不登校を「親のせい」とは思っていませんでした
私自身、中学生の頃に不登校を経験しましたが、当時「親のせいで学校に行けなくなった」と思ったことはありませんでした。
ただ、親に当たることはありました。
学校に行けないことへの不安だったり、自分自身へのイライラだったり。
当時はいろいろな気持ちを抱えていたのだと思います。
そして、その感情を身近な親にぶつけてしまうことがありました。

だから、もし今、お子さんから強い言葉を言われたり、イライラを向けられたりして、「やっぱり私が悪かったのかな」と感じている親御さんがいたら、その言葉だけで自分を責めなくてもいいのではないかと思います。
少なくとも私の場合は、親に感情をぶつけることと、親を不登校の原因だと思っていることは別でした。
子ども自身も、自分の中にある気持ちをまだうまく整理できていないことがあります。
大人になってから、母が「私のせいかも」と話すことがあった
私が不登校だった頃、母が「自分のせいだ」と悩んでいるように感じた記憶はあまりありません。
でも、大人になってから、「私がいろいろやらせちゃったからかも」と母が話すことがありました。
私は当時、母のせいだとは思っていませんでした。
それでも母は母で、「あれがいけなかったのかな」「もっと違うことをしていたらよかったのかな」と考えることがあったのかもしれません。
子どもが不登校になると、親御さんは過去のいろいろな出来事を振り返ると思います。

「あのとき厳しくしすぎた?」
「習い事をさせすぎた?」
「逆に自由にさせすぎた?」
考え始めると、いくらでも「原因かもしれないこと」は見つかってしまいます。
でも、以前の記事でも書いたように、私自身、今でも自分が不登校になった明確な理由はわかりません。
今振り返れば、「こういうことが関係していたのかもしれない」と思うことはいくつかあります。
それでも、一つには決められません。
子どもの不登校の理由がわからず悩んでいる方は、こちらの記事も読んでみてください。
🌷関連記事:不登校の中学生、理由がわからないときはどうする?親ができること

親の関わりを振り返ることには意味がある
「親のせいではないなら、親は何も変えなくていいの?」というと、私はそうとも思いません。
親子は一緒に生活しています。
だから、「今の声かけは、この子に合っているかな」「今は少し見守った方がいいかな」「それとも、手を貸した方がいいかな」と、そのときの子どもの状態に合わせて関わり方を考えることには意味があると思います。

大切なのは、過去の子育ての間違い探しをするために振り返るのではないということです。
「私の何が悪かったんだろう」ではなく、「これから、この子とどう関わっていこう?」と考えるために振り返る。
同じ「振り返る」でも、少し意味が変わってきます。
不登校だった私が、親の関わりで助かったこと

今振り返ると、親の関わりでありがたかったと思うことがあります。
それは、
- 不登校であることを批判されなかった
- 私自身の考えを尊重してくれた
- 学校に行けない自分も受け入れてくれた
ことです。
学校に行けないことを責められたり、無理やり登校させられたりした記憶はありません。
自分のペースを尊重してもらえたことは、当時の私にとって大きかったと思います。
ただ、その一方で、「もっと助けてくれてもいいのに」と思っていたこともありました。
今は「あのときこうしてほしかった」という気持ちはあまりありません。
でも当時は、自分自身でもどうしたらいいのかわからず、親にもう少し助けてほしいと思うこともありました。

だから私は、「本人を尊重する=何もしない」ではないと思っています。
子どもに任せた方がいいところもあれば、まだ一人では難しく、親の助けが必要なところもあります。
その境界は、子どもの状態によっても変わります。
「どこまで手を出すか」の正解を最初から見つけるというより、そのときの子どもの様子を見ながら調整していくものなのかもしれません。
「見守る」と「放っておく」の違いについては、こちらの記事でも詳しく書いています。
🌷関連記事:不登校の中学生はほっといていい?見守る期間と親ができること

「私の育て方が悪かった」と思ったとき、これからできること
過去を振り返って、「あのとき、もっとこうしていれば」と思うことはあるかもしれません。
でも、過去に戻って子育てをやり直すことはできません。
だからこそ、これからの関わりに目を向けてみてもいいのではないでしょうか。
例えば、
- 「今、何か困っていることある?」
- 「私に手伝えることある?」
- 「これは自分でやりたい?一緒に考える?」
と、子どもの気持ちを確認してみる。
すぐに答えが返ってこなくても構いません。

親が考えた「正解」に子どもを近づけるのではなく、今の子どもが何に困っていて、何を必要としているのかを知ろうとすることが、これからの関わりにつながっていくと思います。
また、親御さん自身がつらくなっているなら、一人で抱えなくても大丈夫です。
文部科学省も、不登校への支援では学校・家庭・必要に応じた関係機関が連携することや、保護者が相談できる体制を整えることを重視しています。
学校やスクールカウンセラー、教育相談など、家庭の外に一緒に考えてくれる人を持つという方法もあります。
「誰のせい?」より、今の子どもを見る
不登校になると、「本人のせい?」「学校のせい?」「親のせい?」と、原因や責任を探したくなることがあります。
何が負担になっているのかを考えることは、これからの対応を考える手がかりにもなります。
でも、「誰が悪かったのか」を探すことと、「この子が今、何に困っているのか」を考えることは違います。
- 学校のどんなところが負担になっていそうなのか。
- 家ではどんなふうに過ごしているのか。
- 本人は今、何を望んでいるのか。
- 今なら何ができそうなのか。
そうやって、少しずつ目の前の子どもを見ていく。
私は、その方がこれからの関わりにつながりやすいのではないかと思っています。
そして、子どもだけでなく、親御さん自身の生活も大切です。
子どもと親は、家族であっても別の人間です。
すべてを理解できないことがあってもいいし、いつも完璧な対応ができなくてもいい。

親子それぞれが無理をしすぎず、自分らしくいられる関わり方を少しずつ探していけたらいいのではないでしょうか。
まとめ|不登校を「親のせい」だけで考えなくていい

子どもが不登校になると、「私の育て方が悪かったのでは」と自分を責めてしまうことがあります。
でも、不登校にはさまざまな背景があり、親の育て方だけで説明できるものではありません。

私自身、不登校だった頃に親へ当たることはありましたが、不登校を親のせいだと思っていたわけではありません。
そして今振り返ると、批判せず、私の考えを尊重してくれたことはありがたかったと感じています。
過去に戻って完璧な対応をすることはできません。
でも、「この子には今、どんな関わりが合うだろう」と考えることはできます。
「誰のせいだったのか」だけに答えを求めず、これから親子それぞれが自分らしく歩いていく方法を考えていけたらいいのではないでしょうか。
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運営者プロフィール
管理人:Karan(臨床心理士/発達障害・元不登校当事者)
自身も不登校を経験し、現在は臨床心理士として子どもや保護者と関わっています。
「ありのまま日和」では、不登校の子どもと家族が、それぞれ自分らしく歩いていくためのヒントを、当事者としての経験と心理職としての視点の両方から発信しています。



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