
「学校には行けないのに、家では元気そう」
「ゲームやスマホはできるし、好きなことなら外出もできる」
そんな子どもの姿を見ていると、「もしかして、ただ甘えているだけなのかな?」と思ってしまうこともあるかもしれません。
最初にお伝えしたいのは、学校に行けないという姿だけを見て「甘え」と判断するのは難しいということです。
私自身、中学生の頃に不登校を経験しました。
学校には行けなくても、家では好きなことをしていましたし、家族との外出や塾、推し活のためなら外に出ることもありました。
でも、だからといって何も悩んでいなかったわけではありません。
この記事では、元不登校当事者としての経験と臨床心理士としての視点から、「不登校は甘えなの?」と感じたときに考えてみてほしいことをお話しします。
- 不登校を「甘え」だけで判断するのが難しい理由
- 家では元気なのに学校に行けないことがある背景
- 学校には行けなくても好きなことができる理由
- 「休ませると甘やかしになる?」と不安なときの考え方
- 不登校の子どもに親ができること
不登校は「甘え」なの?

最初にお伝えしたいのは、学校に行けないという姿だけを見て「甘え」と判断するのは難しいということです。
不登校になる理由や、そのときの状態は一人ひとり違います。
文部科学省も、不登校について、「心理的・情緒的・身体的・社会的な要因や背景によって、登校しない、あるいはしたくてもできない状況」として扱っています。
また、不登校はどの子にも起こり得るものであり、「不登校というだけで問題行動と受け取られないよう配慮すること」が必要だとしています。

私自身、「不登校は甘えなのか」と聞かれると、少し答えるのが難しいと感じます。
というのも、「なぜ学校に行けないことが、甘えと結びつくんだろう?」と思うからです。
学校に行けなくなる背景は、本当に人それぞれです。
だから「甘えなのか、甘えではないのか」を決めることよりも、「この子は今、何に困っているんだろう?」と考えてみる方が、その子を理解する手がかりになるのではないかと私は思っています。
家では元気なのに学校に行けないのはおかしい?
不登校の子どもが家で楽しそうにしていると、「こんなに元気なら、学校にも行けるんじゃない?」と思うことがあるかもしれません。
でも私は、「家で元気に過ごせること」と「学校に行けること」は、分けて考えてもいいと思っています。
私たち大人でも、
- 「この場所に行くとすごく疲れる」
- 「この人と話すと緊張する」
- 「家に帰ってくるとホッとする」
ということがありますよね。
人によって、ストレスを感じる場所や状況は違います。
学校という環境では大きな負担を感じていても、自分のペースで過ごせる家では落ち着ける。
好きなことをしている時間なら楽しめる。
そんなことがあっても、不思議ではありません。
だから、家で笑っているからといって、「本当は学校にも行けるはず」とは限らないのだと思います。
🏡関連記事:不登校の子どもは家でどう過ごす?状態に合わせた家での過ごし方

私も学校には行けなくても、好きなことはできていました

私自身、不登校だった頃は、基本的に家で自分のペースで過ごしていました。
家にいること自体には、それほどストレスを感じていなかったと思います。
好きなこともしていました。
休日には家族と出かけることもありましたし、塾には行っていました。
好きな「推し」のためなら外出することもありました。
推し活は普通に楽しかったです。
だから外から見れば、「外出はできるんだ」「塾には行けるんだ」と思われても不思議ではなかったと思います。
でも、自分の中には別の気持ちもありました。

「周りの人が普通にできていることを、どうして自分にはできないんだろう」
そんなことを考えて、悩んだ10代でもありました。
不安になったり、自分にイライラしたり。
周りと比べて落ち込んだり。
気持ちがかなり落ちていた時期には、寝て過ごしたり、ネガティブなことばかり考えたりしていたこともあります。
つまり私の場合、「好きなことができる」ことと「悩んでいない」ことは、同じではありませんでした。
もちろん、これはあくまで私自身の経験です。
すべての不登校の子どもが同じ気持ちだとは思いません。
ただ、今目の前で楽しそうにしている姿だけでは、その子の内側までは分からないこともあるのだと思います。
「学校は無理。でも好きなことはできる」は不思議ではない
- 「学校には行けない。でもゲームはできる」
- 「学校には行けない。でも友達とは遊べる」
- 「学校には行けない。でも好きな場所には出かけられる」
こうした様子を見ると、親としては戸惑いますよね。
「それなら学校にも行けるんじゃない?」と思うのも、自然なことだと思います。
でも、人はすべての場所や活動に、同じような負担を感じるわけではありません。
私自身も、学校と塾では感じ方が違いましたし、推し活は楽しむことができました。
誰でも、ストレスを感じる場所からは少し離れたいと思うことがあります。
反対に、安心できる場所や好きなことには取り組みやすいですよね。
だから、「○○ができるなら、学校にも行けるはず」と考えるより、「学校では何が負担になっているんだろう?」「家では何があるから落ち着いて過ごせているんだろう?」と考えてみてもいいのではないでしょうか。
本人にも、なぜ学校に行けないのかがはっきり分からないことがあります。
無理に原因を一つに決めなくてもいいと思います。
「このまま休ませたら甘やかしになる?」と不安なとき
子どもが学校を休み、家で好きなことをしている姿を毎日見ていると、

「この生活を続けていて大丈夫なのかな」
「このまま休ませたら、甘やかしていることにならない?」
と不安になることもあると思います。
親として将来を考えているからこそ、心配になりますよね。
ただ、休ませることと、何も考えずに放っておくことは同じではありません。
不登校の時期には、休むことが必要な場合もあります。
一方で、少しずつ元気が戻ってきたら、本人の状態や気持ちを見ながら、生活や勉強、進路について考えていくこともできます。
大切なのは、「休ませるか、学校へ行かせるか」だけの二択にしないことだと思います。
- 今は休むことが必要そうなのか。
- 好きなことを楽しめるくらいには元気になってきたのか。
- 外の世界に少し興味が戻ってきているのか。
- 何かやってみたいことが出てきたのか。
子どもの状態は、ずっと同じではありません。
その時々の様子を見ながら、関わり方を考えていけばいいのではないでしょうか。
「見守ること」と「放っておくこと」の違いについては、こちらの記事でも詳しくお話ししています。
🌷関連記事:不登校の中学生はほっといていい?見守る期間と親ができること

「甘え?」と考えるより、子どもの今を見てみる
不登校になると、親御さんも答えを探したくなると思います。

「どうして学校に行けないの?」
「いつまで休ませればいい?」
「親は何をすればいい?」
すぐに答えが見つからないからこそ、「もしかして甘えているだけなのかな」という考えが浮かぶこともあるのかもしれません。
でも、「甘え」という言葉だけでは、その子が今どんな状態なのかは分かりません。
- 寝てばかりだった子が、好きなことを少し楽しめるようになる。
- 家で安定して過ごせるようになる。
- 外のことに少し興味を持つようになる。
- 勉強や進路について考え始める。
そんなふうに、少しずつ変化していくこともあります。
親がすべての答えを出さなくても大丈夫です。

「今、この子はどんな状態なんだろう」「何ならできそうかな」「困っていることはあるかな」とそんなふうに、その時の子どもの様子を見ながら一緒に考えていくことも、ひとつの関わり方だと思います。
そして、親御さん自身が疲れ切ってしまわないことも大切です。
親子でも別の人間なので、理解できないことがあって当然です。
家族だけで抱えるのが難しいときには、学校や相談機関など、家族以外の人と一緒に考える方法もあります。
まとめ|「不登校は甘え?」より、その子が何に困っているのかを見る

不登校の子どもが家では元気だったり、ゲームをしたり、好きなことのためなら外出できたりすると、「本当に学校に行けないの?」「甘えているだけでは?」と感じることもあると思います。
でも、「できることがある」からといって、「できないこともできる」とは限りません。

学校という環境で何が負担になっているのか。
家では何があるから落ち着いて過ごせているのか。
今、その子はどんな状態なのか。
「甘えかどうか」を決めるより、まずはそこを見ていくことが大切だと思います。
親子ともに無理をしすぎず、その子に合ったペースを探していけたらいいのではないでしょうか。
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運営者プロフィール
管理人:Karan(臨床心理士/発達障害・元不登校当事者)
自身も不登校を経験し、現在は臨床心理士として子どもや保護者と関わっています。
「ありのまま日和」では、不登校の子どもと家族が、それぞれ自分らしく歩いていくためのヒントを、当事者としての経験と心理職としての視点の両方から発信しています。



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